大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高松高等裁判所 昭和58年(ネ)193号 判決 1984年4月26日

控訴人 篠原四郎

被控訴人 篠原敏子 外四名

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人篠原敏子、同東川里美、同篠原勇治及び同篠原明美は、控訴人に対し、別紙目録記載の土地について、松山地方法務局伊予三島出張所昭和四七年三月一三日受付第二四二六号の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

2  被控訴人篠原敏子は、控訴人に対し、右土地について、右出張所昭和五三年一二月一三日受付第一一一〇四号の持分移転登記の抹消登記手続をせよ。

3  被控訴人カミ商事株式会社は、控訴人に対し、右1、2の抹消登記手続をすることを承諾せよ。

二  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

(当事者の申立)

一  控訴人

主文と同旨。

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

(当事者の主張)

一  控訴人の請求原因

1  別紙目録記載の土地(以下「本件土地」という。)は、もと篠原幸太郎(以下「幸太郎」という。)の所有であつた。

2  幸太郎は、昭和四九年一〇月二〇日死亡し、その権利義務を、(一)長男篠原広太郎(昭和一七年一二月五日死亡)の子である石川紀志子、(二)長女石川ツル子(昭和三八年二月一二日死亡)の子である石川珠美及び二村恵子並びに石川真澄、(三)二男である篠原春道(以下「春道」という。)、(四)二女である井川イワ、(五)三女である近藤マサ子、(六)三男である篠原柳三郎、(七)四男である控訴人、(八)四女である磯谷美智子が共同相続したから、控訴人は、右相続により、本件土地につき八分の一の共有持分を取得した。

3  本件土地には、松山地方法務局伊予三島出張所昭和四七年三月一三日受付第二四二六号をもつて、幸太郎から春道、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美への、同月一〇日贈与を原因とし持分を五分の一宛とする所有権移転登記(以下「本件贈与登記」という。)、同所昭和五三年一二月一三日受付第一一一〇四号をもつて、春道から控訴人敏子への、同年四月八日相続を原因とする持分五分の一の移転登記(以下「本件持分登記」という。)がなされている。

4  更に、本件土地には、右同所昭和五一年九月四日受付第八二五一号をもつて、被控訴人カミ商事を権利者とする根抵当権設定登記、同所昭和五二年四月六日受付第三三三二号をもつて、右根抵当権の変更登記がなされ、また、別紙目録(1) 記載の土地には、同所昭和四七年一〇月四日受付第九〇八一号をもつて、同被控訴人を権利者とする根抵当権設定登記が、同(2) 、(3) 記載の土地には、昭和四七年一〇月四日受付第九〇七七号をもつて、昭和四四年三月一二日に登記された同被控訴人を権利者とする根抵当権の変更登記がそれぞれなされている。

5  春道は、昭和五三年四月八日死亡し、その権利義務を、妻である被控訴人敏子、子である被控訴人里美、同勇治及び同明美が共同相続した。

6  よつて、控訴人は、共有持分に基づき、保存行為として、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美に対し、本件贈与登記の、被控訴人敏子に対し、本件持分登記の各抹消登記手続を求めるとともに、利害関係者である被控訴人カミ商事に対し、右各抹消登記手続をすることの承諾を求める。

二  被控訴人らの認否

請求原因1、3、4、5の事実は認め、同2の事実は争う。

三  被控訴人らの抗弁及び法律上の主張

1  幸太郎は、昭和四七年三月一〇日、春道、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美に対し、本件土地を持分平等の割合で贈与し、本件贈与登記を経由した。

2  仮に、右贈与の事実が認められず、従つて、控訴人がその主張の共同相続により本件土地の共有持分を取得したとしても、本件贈与登記及び本件持分登記の全部抹消登記についての登記権利者は共同相続人(共有者)全員であるというべきこと、右共同相続により春道も本件土地につき八分の一の共有持分を取得しこれを同人の死亡により被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美が共同相続した結果その持分に関する限り右全部抹消登記の権利者と義務者が同一人に帰着混同しその登記請求権が消滅したというべきことからして、控訴人は、右全部抹消登記を求める権利を有せず、自己の持分についてのみ、抹消に代わる移転登記を請求しうるにすぎないというほかないので、被控訴人らには、本訴請求に応じる義務はない。

四  控訴人の認否反論

1  被控訴人らの右主張のうち、贈与の点は否認し、その余は争う。

2  本件贈与登記は、その原因たる贈与の事実が存在しないのに、春道や被控訴人敏子らがほしいままに手続をしてなされた無効なものであり、それを前提とする本件持分登記前記根抵当権設定登記及び変更登記も、登記に公信力がないことからして、やはり無効であるから、被控訴人らは、当然、本件贈与登記及び本件持分登記の全部を抹消し或はこれを承諾する義務を負うものである。なお、原判決は、本訴請求を、一部抹消(更正)登記手続を命ずる限度でしか認容しなかつたが、相続開始後に共同相続人の一人が勝手に単独で相続したものとして所有権移転登記を経由したような場合には、その登記は当該相続人の持分の限度では有効とみてよいから、他の相続人は右登記の全部抹消は求めえず一部抹消(更正)登記を求めうるにすぎないと考えられるけれども、本件は、右と異なり、登記原因たる法律行為等が全く存在せず登記が全面的に無効な場合であるから、登記が実体的な権利変動を反映すべきものであることに鑑み、全部抹消が認められるべきであり、また、更正登記は、既存の登記につき錯誤又は遺漏があるため、登記と実体関係の間に原始的な不一致がある場合に、その不一致を解消せしむべく既存登記の内容の一部を訂正補充する目的でなされる登記であるところ、本件において、更正登記をするということは、相続開始前になされた贈与を原因とする所有権移転登記を、登記原因等を異にする被相続人から相続人らへの共同相続による所有権移転登記に改めることに帰し、更正登記の限界を超えるというべきである。

証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被控訴人らの贈与の抗弁について判断するに、成立に争いのない甲第一一号証(別件の春道に対する本人尋問調書)、同第一七号証(別件の被控訴人敏子に対する本人尋問調書)の各供述記載中には、右抗弁事実に副う部分があるけれども、これは、成立に争いのない甲第七号証(別件の幸太郎に対する証人尋問調書)の供述記載に照らして、にわかに措信できない。また、右甲第七号証の供述記載により幸太郎が署名した文書であると認められる甲第六号証の「覚書」と題する書面には、本件土地につき春道名義に登記したことは幸太郎が承知のうえであつた旨の記載があるけれども、右甲第一一号証、成立に争いのない甲第八号証(別件の井川イワエに対する証人尋問調書)の各供述記載並びに弁論の全趣旨によれば、本件贈与登記が経由されてから間もなく、その原因たる贈与の存否につき控訴人と春道間に紛争を生じ、春道、控訴人敏子、同里美(当時未成年で親権者は春道及び控訴人敏子)、同勇治(同)、同明美(同)において、本件土地上に建物を所有している控訴人に対し建物収去土地明渡しを求める訴えを提起したこと、甲第六号証は、春道において、右訴訟が進行中の昭和四八年三月、訴訟を有利に展開させるため、右のとおりの記載をして幸太郎に署名を求め、同人が何ら検討することなく漫然とこれに応じて、作成されたものにすぎないこと、幸太郎は、右署名をした当時、老齢のためかなりのもうろく状態にあつて、本件土地を控訴人に贈与すると言つたり、春道に贈与したいと述べたりし、態度が甚だあいまいで、明確な意思表示ができなかつたことが認められるから、甲第六号証の記載もたやすく措信できない。他に右抗弁事実を認めるに足りる証拠はない。

従つて、右抗弁は採用し難く、右に検討したところと、右甲第七・一一号証の供述記載並びに弁論の全趣旨により推認できる、幸太郎と春道が父子であり両者の住居が極く近くで本件贈与登記がなされた当時たがいに住居に出入りしていたなどの事実をあわせ考えれば、本件贈与登記は、幸太郎において明確に贈与の意思表示をしたわけではないのに、春道が幸太郎の印章を使用し、春道及び被控訴人敏子が本人及び被控訴人里美、同勇治並びに同明美の法定代理人として贈与を受けたかのような書類を作成して手続をしたことによりなされた、不実の登記であると認めざるをえず、本件持分登記も、本件贈与登記を前提とするものであるから、やはり実体を欠く登記であるといわざるをえない。

三  そうだとすれば、本件土地の所有権は依然と幸太郎に属していたものであるところ、成立に争いのない甲第二四号証の一ないし二八並びに弁論の全趣旨によれば、幸太郎は昭和四九年一〇月二〇日死亡したこと、同人の相続人は請求原因2の(一)ないし(八)の者であることが認められるから、控訴人は、相続により、本件土地につき八分の一の共有持分を取得したものというべきである。また、請求原因4のとおり被控訴人カミ商事名義の根抵当権設定登記及び根抵当権変更登記がなされていることは、当事者間に争いがないところ、これらの登記は、本件贈与登記の原因たる贈与が存在しそれによつて本件土地が春道、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美の共有に帰したことを前提とし、右春道ら五名と被控訴人カミ商事間の契約に基づきなされたものであつて、既に判断したとおり、右の前提事実が存在しないのであるから、いずれも実体を欠くものといわざるをえない。そして、請求原因5の春道の死亡及び相続の事実は、当事者間に争いがない。

四  ところで、以上の事実関係からすれば、本件贈与登記及び本件持分登記は控訴人の本件土地に対する共有持分権を妨害するものであるから、控訴人は、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美に対し、妨害排除として登記を実体的権利関係に合致させるための登記請求権を有し、且つ、本件贈与登記の後に前記のとおり根抵当権設定等の登記を経由している被控訴人カミ商事に対し、右登記請求権に基づく登記手続をすることの承諾請求権を有するというべきであるが、控訴人の本訴請求が本件贈与登記並びに本件持分登記の全部抹消及びその承諾を求めるものであるのに対し、原判決は、本件贈与登記を昭和四九年一〇日二〇日幸太郎死亡による相続を原因とする請求原因2の(一)、(三)ないし(八)の者ら七名が持分八分の一宛、同(二)の者ら三名が持分二四分の一宛の共有の登記に更正する手続及びその承諾を命じ、その余の請求を棄却している。

五  そこで、控訴人の本訴請求を全部認容すべきか、原判決認容の限度でのみ認容すべきかについて検討する。

1  例えば、甲、乙がAを共同相続した後、相続財産に属する不動産につき、乙が不法にAから乙への相続を原因とする所有権移転登記を経由した場合には、その移転登記は、乙の持分に関する限り、所有名義人の点はもとより、登記原因の点においても、実体関係に符合しているので、部分的に有効と認められ、また、甲の妨害排除請請権はその持分について存するにすぎないから、甲が乙に請求できるのは、右移転登記の全部抹消登記手続ではなく、甲の持分についてのみの一部抹消(更正)登記手続でなければならないと解するのが相当である(最高裁昭和三八年二月二二日判決・民集一七巻一号二三五頁)。

2  しかし、本件は、右1の例と異なり、幸太郎所有の本件土地につき春道、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び明美が不法に幸太郎から春道ら五名への贈与を原因とする所有権移転登記(本件贈与登記)を経由した後、幸太郎が死亡し、春道を含む請求原因2の(一)ないし(八)の者が幸太郎を共同相続した(右1の例に即していえば、A所有不動産につき乙とその妻子が不法にAから乙らへの贈与を原因とする所有権移転登記を経由した後、Aが死亡し、甲、乙がAを共同相続した)事案であつて、要するに、本件贈与登記は、相続開始前に、しかも、登記原因とされている贈与の事実が存在しないのになされた不法なものであるから、全面的に実体を欠いており、これを前提とする本件持分登記も、同様であるといわざるをえない。

3  そして、更正登記は、既存の登記につき、その当初の登記手続において錯誤又は遺漏があつたため、登記と実体関係の間に原始的な不一致がある場合に、これを解消せしむべく既存登記の内容の一部を訂正補充する目的をもつてなされる登記であるから、これが認められるためには、既存登記の一部は実体に符合しており、更正の前後を通じ登記としての同一性が認められるような場合であることが必要であるというべきところ、右1の例では、既存の乙単独名義の登記はその登記原因たる相続により乙が持分を取得したという限度において実体に符合しており、更正後の登記は右相続に基づく甲、乙の共有と表示されるから右の同一性があるといえるが、本件についてみると、本件贈与登記はそれがなされるべき理由が全然ないのに不法になされた全面的に無効なものであるし(もつとも、本件贈与登記がなされた後に幸太郎死亡に伴う相続により春道が本件土地について八分の一の持分を取得し且つこれを春道死亡に伴い被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美が共同相続しているが、これらは本件贈与登記の原因とされている贈与とは全く別個の事実に基づくものであるから、そのことをもつて、本件贈与登記自体が一部実体に符合するとみることはできない。)、相続開始前の不実の贈与を原因とする本件贈与登記と原判決が命じたような相続を原因とする共同相続人全員の共有名義の登記とは、全く別個のものであつて、両者間に同一性があると認めることは困難である(このことは、本件贈与登記の原因はそのままとし所有名義のみを共同相続人全員の共有名義に改めることとしても、実質的には同様であると思われる。)。それゆえ、本件贈与登記をその登記後に開始された相続による共同相続人全員の共有名義の登記に更正するということは、更正登記をなしうる限界を超えるといわざるをえず、本件贈与登記を前提とする本件持分登記についても、同様に考えざるをえない。

4  また、例えば、甲、乙の共有に属する不動産につき、丙が不法に登記簿上の所有名義を有している場合には、甲又は乙は、単独で、その持分権に基づき、保存行為として、丙に対し、登記の抹消を請求することができると解せられるところ(最高裁昭和三一年五月一〇日判決・民集一〇巻五号四八七頁)、前記のとおり、現時点においては、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美は本件土地に対する春道の八分の一の持分を共同相続して控訴人その他の者とともに共有者の一員となつてはいるが、本件贈与登記及びこれを前提とする本件持分登記に関しては、右被控訴人らは右丙と同じ地位にあり、控訴人は右甲又は乙と同じ地位にあるとみられる。

5  右1の例において、乙が当該不動産につき更に丙のために抵当権設定等の登記を経由しているときは、その登記に係る権利は少なくとも乙の持分の限度では有効であると考えられるから、丙(第三者)の正当に取得した権利が喪失するようなことがあつてはならず、かかる観点からも、甲は更正登記手続を求めうるにとどまると解するのが相当であると思料されるが、本件において、被控訴人カミ商事は、右丙と一応類似した立場にあるけれども、既に判断したとおり、本件贈与登記は実体を具備しない無効なものであり、登記に公信力はないから、同被控訴人と春道ら五名間に前記のような契約がなされたとしても、同被控訴人において、前記根抵当権設定及び根抵当権変更の登記に係る権利を取得するに由ないので、本件につき右のごとき観点からの考慮をはらう必要はない筋合である。もつとも、前記のとおり春道が本件土地に対する八分の一の持分を相続しているので、このことにより、その持分の限度では右権利が発生したとみる余地はあるが、もしそうであるとしても、その権利を確保するためには、被控訴人カミ商事において、その余の被控訴人らに対し、あらためて、右持分につき根抵当権設定等の登記手続を求めるべきであろう。

6  被控訴人らは、控訴人はその持分についてのみ抹消に代わる移転登記を請求しうるにすぎない旨主張するが、そのように解すれば、控訴人の持分の登記は実現するものの、被控訴人カミ商事名義の前記根抵当権設定登記及び根抵当権変更登記がそのまま残存し、根抵当権付の持分を取得するという結果となつて、不合理であるから、控訴人のなしうる妨害排除の方法が右移転登記の請求に限られるとみるのは相当でない。

7  なお、登記は、実体的な権利変動の過程と態様を反映したものであることが望ましいことはいうまでもない。

8  しかして、以上に検討したところを総合して判断すれば、本件においては、控訴人は、共有持分に基づき、保存行為として、被控訴人敏子、同里美、同勇治及び同明美に対し、本件贈与登記及び本件持分登記の全部の抹消登記手続を、被控訴人カミ商事に対し、右抹消登記手続をすることの承諾をそれぞれ求めうるものと解するのが相当である。

六  よつて、控訴人の本訴請求はすべて正当として認容すべきものであるから、これと異なる原判決を右判断のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮本勝美 早井博昭 山脇正道)

別紙目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例